会社から賃金を支払ってもらえない場合、多くの労働者は労働基準監督署に相談・申告するでしょう。
あるいは、一人でも加入できる労働組合に加入して、団体交渉で解決をめざす方もいるでしょう。
しかし、労働基準監督署にしても、労働組合にしても、残念ながら確実に払わせる強制力はありません。
労働基準監督署が是正勧告を発しても、会社が従わなければそれで終わりです。
(ただし、監督官は司法警察官の権限を持っているので、捜査・送検をすることもできます。)
労働組合は、労働者の加入によって団体交渉権を得ることができますが、団体交渉で主張が平行線であったり、経営者が逃げまわって団交自体が開催できないず、解決できない場合もないとは言えません。
そのような時には、裁判所を利用することにならざるを得ません。
未払い賃金を払えという裁判所への訴えは、最近は労働審判が多いと思われますが、証拠がきちんと揃っている場合には、直ちに差し押さえを申し立てることができます。
それは、労働債権が先取特権を与えられているという点を活用するのです。
民法第306条は、一般の先取特権として、「次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務書の総財産について先取特権を有する」と定め、
第一号 共益の費用
第二号 雇用関係
第三号 葬式の費用
第四号 日用品の供給
を掲げています。
また、第308条は、雇用関係の先取特権として、「雇用関係の先取特権は、給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権について存在する。」となっています。
(注)債務者とは会社(個人経営の場合は経営者)を、使用人とは労働者を指しています。
この民法の規定を活用して、労働審判や裁判などの手続きを経ないで、直ちに労働者が有する債権(未払い賃金)を差し押さえるよう、裁判所に対して申立をすることができます。
この先取特権に基づく差し押さえにより、審判等の期間を要することなく、一足飛びに債権を確保することが可能となります。
ただし、請求すべき債権(未払い賃金)があれば、申立ができるというものではありません。
労働者の一方的な申立・請求に基づいて差し押さえるのですから、裁判所が「差し押さえるに相当」と判断できる程度に、しっかりした証拠が必要になります。
厚生労働省が発行している「労働債権確保のための手引き」によれば、一般先取特権の存在を証明する文言等の書類等が必要とされ、
過去の給与明細
社内規程類(就業規則や賃金規程)
が例示され、「その証明にどれだけの書類が必要かは裁判所が判断します。」との付記がついています。
しかし、給与明細を保存していなかったり、就業規則等が未整備だったり、入手できない場合もあります。
そんな場合であっても、次のようにして証拠を揃えるようにしましょう。
社長や権限のある上司と話をして、未払い賃金が確かに●●円残っているという内容の書面を作ってもらいましょう。
「未払い賃金証明書」、「未払い賃金確認書」等の書面です。
もらえるのであれば、過去の賃金台帳などのコピーも手に入れておきましょう。
会社がハンコを押した書面であれば、「争いのない事実」ということになりますので、それだけでも差し押さえが認められる確立が格段に高くなります。
申し立てるに際しては、何を差し押さえるかが問題となります。
総財産に対して差し押さえできるのですから、動産でも不動産でも可能ですが、確実に押さえられるのは何かを検討すべきでしょう。
先取特権に基づく差し押さえができる事例はそれほど多くはありませんが、条件がある場合あるいは工夫して条件がつくれる場合には大いに利用したいものです。