退職後に元使用者からの損害賠償に不安を感じているとの相談が、これまで何件か寄せられています。
そのうちの幾つかの事例を紹介します。

言いがかりをつけて損害賠償を求めてきた

退職したのに元の雇用主に「損害賠償せよ」としつこく付きまとわれる。
との相談を受けたことがあります。
相談者から事情を聞く限りでは、損害賠償されるような事実はありません。
元使用者からの文書を見せてもらいましたが、「弁護士のアドバイスを受けている」とか、「賠償しなければ弁護士を通して訴える」などの脅し文句が並んでいます。そうは言っても、一向に訴えてくる様子もありません。
2度三度と勝手な言い分を書き連ねた文書が届き、関係のない妻宛にも文書が送りつけられるという事態になって、相談にきたのです。
私の彼に対するアドバイスは下記のようなものです。

「あなたが私に隠し事をしないで、本当のことを言っているのであれば、何も恐れることはありません。無視しても良いのですが、無視するだけでは相手がいつまでも収まらない場合があるので、今後も文書が届くようであれば、内容証明郵便で『事実に反することで、これ以上文書を送りつけるようであれば、こちらとしても法的対応を考える」と出しておきなさい。但し、あなたが自分を正当化するために、私に何か隠していることがあれば、その結果について私は責任を負えませんよ。」

しばらくすると、また元使用者から文書が届いたとの連絡がありましたので、文案を作成してやって送付させておきました。
それで一件落着です。

使用者と口論になり、「辞める」と言って翌日から出勤しなかった

仕事のことで、使用者と口論になり「辞める」「辞めろ」まで発展し、翌日から出勤しなかったところ、「急に辞められて損害が生じたから、その損害を賠償しろ」と元使用者から電話がかかってきた、との事例もあります。

あるいは又、「急に辞めてしまったので、損害賠償しろと言われた。もらっていない給料もあるが、そんな場合にも給料はもらえるものなんでしょうか」との事例、入社後わすかな期間で辞めたので、会社から「あなたに対して仕事を教えてきたことが無駄になった。新たに人を採用するにはそれなりの労力とお金がかかる。会社にとっては損害だ。会社に損害を与えているのだから、給料は辞退すべきじゃないか」などと責め立てられて、イエスと言わざるを得なかったという事例もあります。

どんな辞め方をしようが、給料は請求し支払ってもらう権利が労働者にはありますし、使用者には払う義務があります。
仮に損害が生じていたとしても、そのことで辞退を求められたり、勝手に差っ引かれたりする法的根拠はありません
給料は給料として払ってもらう、仮に使用者側に損害が生じていたとしても、それは又別の話で、給料を払った上での損害賠償ということになります。
しかし、その損害を労働者が全額払う必要があるかどうかという点について言えば、全くありませんが、法律とは縁の遠い生活をしてきた相談者に難しいことを言ってもどれだけ理解してもらえるかという心配があります。

労働基準法第15条で自信を持ってもらう

労働者は、急に辞めてしまったことに対して、負い目を持っていることが多いのです。
負い目を持っているのでは、どんなことをアドバイスしても、心にモヤモヤが残ってしまいます。
そこで、この負い目を取り払い、“悪いのは自分じゃない、使用者の方なんだ”との自信を持ってもらうのが大事になってきます。
そもそも、口論の挙句に出勤しなくなったり、急に辞めたりするには、それなりの理由があるのです。
・採用時の約束が守られないため、使用者に対する不信がうまれ、このまま働き続けるより別の会社を探した方がよいのではないか?
・残業しない約束だったのに、残業させられ、早出まで言われる。 等々
急に辞めることになったのは結果であって、そうしなければならなかった原因は、約束を守らない使用者に原因がある。使用者がちゃんと採用時の約束を守ってくれたなら、急にやめることはなかった。
労働基準法第15条には「採用時の約束が守られない場合には、労働者は即時に労働契約を解除できると書いてあるので、『今日で辞める』と告げて辞めたって、法律で認められていることですよ。損害賠償を言われる筋合いはありません」

損害賠償に関する法的性格や、判例のあれこれを言うよりも、このようなアドバイスがよっぽど相談者には理解と納得がいくようです。
労働組合の立場とすれば、すぐに退職を考えるのではなくて、仲間をつくり、仲間と力を合わせて労働条件を良くしてほしいと思うのですが、すでに退職してしまっているので今更そんなことも言えず、「どこの職場に再就職しても、何がしかの不満はあるのだから、今度就職した会社で何かあったら、辞める前に相談してね」という具合にならざるを得ません。

いずれにしても、会社の重要データを持ちだして会社に損害を与えたという事なら別ですが、元使用者にとっても時間と労力をかけて争うほどの経済的メリットは何にもないのですから、裁判に訴えられるようなことは、ほとんど考えられません。

前にも同じような事を書いた記憶がありますが、ここ最近立て続けに相談があったので、重複する部分があるかもしれませんが、改めて記載することにしました。